2016年7月31日日曜日

【訃報】膵臓がんの手術を受けていた元横綱千代の富士・九重親方(61)が死去

元横綱千代の富士の九重親方が死去 61歳

2016年7月31日(日)18時45分配信



大相撲の元横綱千代の富士の九重親方が死去したことが31日、分かった。61歳だった。

九重親方の略歴は以下の通り。

◆九重貢(ここのえ・みつぐ)元横綱千代の富士。本名は秋元貢。1955年(昭30)6月1日、北海道松前郡福島町生まれ。70年秋場所初土俵。75年秋新入幕。81年秋から横綱に。通算1045勝。優勝31回。三賞7度。金星3個。89年には国民栄誉賞に輝いた。91年夏場所限りで引退後、年寄陣幕襲名。92年4月に九重を襲名し部屋の師匠に。08年2月に理事初当選。広報部長、審判部長、巡業部長などを経て、12年2月から事業部長。15年名古屋場所を休場し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けていた。家族は夫人と1男2女。現役時代は183センチ、127キロ。

参照元 : 日刊スポーツ




心よりご冥福を祈ります。合掌!





2016年7月26日火曜日

「3年目の浮気」のヒットで知られる男女デュオ「ヒロシ&キーボー」のキーボー山田喜代子容疑者(59)が万引きで逮捕

<万引き容疑>歌手のキーボー逮捕…「3年目の浮気」ヒット

2016年7月25日 17時53分



化粧品を万引きしたとして、静岡県警浜松中央署は25日、浜松市中区葵西の歌手、山田喜代子容疑者(59)を窃盗容疑で逮捕した。山田容疑者は男女デュオ「ヒロシ&キーボー」のキーボーとして活躍し、1982年発売の「3年目の浮気」が大ヒットした。

逮捕容疑は6月17日午前3時40分ごろ、自宅近くのコンビニエンスストアでアイカラー1点(1600円相当)を盗んだとしている。「事実はない」と容疑を否認している。

同署によると、店内の防犯カメラに商品棚のアイカラーを手に取りカバンの中に入れる山田容疑者の姿が映っていたという。【早川夏穂】

参照元 : 毎日新聞


ヒロシ&キーボーのキーボーが万引きで逮捕

2016年7月25日(月)17時7分配信



「3年目の浮気」のヒットで知られるデュオ・ヒロシ&キーボーのキーボーとして活躍した歌手・山田喜代子容疑者(59)が25日、静岡県浜松市内で万引きの容疑で逮捕された。静岡県警によると、山田容疑者は6月17日に、同市内のコンビニエンスストアで化粧品1個を万引きした疑い。山田容疑者は容疑を否認している。

静岡県警浜松中央署によると、山田容疑者は6月17日に、約1600円のアイカラーを盗んだ疑い。同日の売り上げと在庫が合わなかったことから、コンビニの従業員らが防犯カメラの映像などをチェックした。映像には山田容疑者が万引きする様子が映っており、コンビニ経営者が近所の交番に届け出た。

その後、警察でも映像を確認。山田容疑者が普段からコンビニを利用していたこともあり、25日に逮捕となった。

午後1時半ごろに警察官が山田容疑者の自宅を訪れ逮捕。山田容疑者は落ち着いた様子だったが「そういう事実はありません」と容疑を否認しているという。

山田容疑者は昨年7月2日には、傷害事件の被害者になっていた。同日に浜松市内の自宅で父親を注意したことがきっかけで口論になり、掃除用の水切りワイパーで顔を殴られ、擦り傷を負っていた。この時は自ら110番通報し、父が傷害容疑で現行犯逮捕されていた。この事件をきっかけに父とは別居するようになっており、現在は浜松市内の自宅で独り暮らしだった。

参照元 : デイリースポーツ




押尾学「ネットに出回る押尾語録は9.9割が嘘だよ、でもすっごい面白いじゃんあれ」

押尾学「ネットに出回る“押尾語録”はすべてデマ」 創作者とニコ生での座談会を熱望

2016.07.25

09年に薬物事件を起こした元俳優の押尾学氏。22日、大阪市内でトークライブを行ったのに続き、24日、東京・渋谷にて約100人のファンを集めたトークイベントを開催した。



「刑務所は孤独を通り越した場所。孤独を感じたときの対処法は、何も考えずに身体を動かすこと」と、筋トレ、格闘技にハマっていること、タトゥーを注意されてプールから出たことなど一問一答形式でトークは進む。

大阪でのトークライブをスポーツ各紙が取り上げたことについては、「自分が出演した番組やCMは基本見ないし、ネットでエゴサーチもしない。見たくない言葉が転がってるからね」とサラリと回答。そんなネット嫌いの押尾氏にぶつけた質問が「ご本人検証、ネットに溢れる押尾語録は事実なのか?」というテーマ。





「俺はカート・コバーンの生まれ変わり」、「虎舞竜なら13章 かかるところも、俺なら2小節だから」に代表される押尾氏のビッグマウス語録は有名だが、そもそも本当なのか、本人に聞いてみるというコーナーだ。イベントでは以下の4つの語録を検証してみた(聞き手はイベント司会者)。

◆語録1「ヒーロー不在のこんな時代だから、俺への負担も自然とデカクなる」

押尾:こんなこと言ったらバカだよね。面白いけどね、センス抜群。俺の周りの人間も面白がって、こういうネタを全部まとめて、一つ仕事にしませんかって言われるんだけど……しないよって。

――じゃあ、言ってない?

押尾:言ってないよ。

◆語録2「ジミヘンのようにギターを燃やすような真似はしない。今の俺は、既に炎に包まれている」

押尾:うーん、炎に包まれたら死んじゃうよね。

――ジミヘンは好き?

押尾:ジミヘンは好きというか結構聞くよ。

――カート・コバーンと比べたら?

押尾:カート・コバーンかなぁ。俺、ギタリストじゃないし。

――結論からいうと……言ってない?

押尾:言ってねーよ(笑)。



◆語録3「からあげくんは、いつでも増量している。愛ってそういうもんだろ」

押尾:えーと、どういう意味?(笑)

――からあげくんは発売から年月が経つごとに1個増量するそうで。

押尾:へぇ、そうなんだ。……って知らねーし(笑)。ローソンは行くけど、からあげくんは食べたことない。コンビニで好きなのはとろろそば。結構おいしいよね。

語録4「いつも頼むカクテルは決まってる。“オシオoriginal”だよ」

押尾:どんな味だって(笑)、飲んでみたいよ。

――あるとしたら? どういうのが……

押尾:だから、ねぇーし(笑)。考えたこともないんだから想像もつかないよ。まあ、あれだね。語録を書いた人たちと座談会、ニコニコ動画とかでしてみたいよね。どういうイメージで見てるのかって(笑)。書いてあること自体は面白いんだから、興味はある。

面白いことは認めつつも、「ネットに出回っている語録は全部創作」と断言した。

イベント後半には、現在都知事選に出馬しているマック赤坂候補もサプライズ登場。





「私が何度落ちても選挙に出るように、何度でもやり直せることの出来る人生を政治家としてのテーマにしている。押尾さんも新しい人生、復活の人生をイチから始めてほしいという気持ちでノーギャラで出演を決めました」

そう語り、最後は押尾氏と共に、10度、20度、30度の口角を上げるネタで締めくくった。

<取材・文/日刊SPA!取材班 撮影/林 紘輝>

参照元 : 日刊SPA

▼押尾学の真実 #01 栄光と挫折



伝説の押尾学語録

・「最高の俺は他人は当然、俺自身も超えられない」
・「『何故俺はロックなのか?』それは俺がロックだったからさ」
・「ロックをやっている時の俺はここではないどこかにいる」
・「俺の音楽にロックを感じない奴は二度とロックの本質に触れられない」
・「若く可愛い女の子の悶えには神が宿っている気がする」
・「俳優からデビューして音楽活動を平行してやってる奴がいるけど、両方とも中途半端で自滅。自分は、両方をコンスタントにやる唯一の存在にする」
・「俺、昔、東大受かったんですよ。でも日本の大学なんてウゼーと思って...」
・「高校は中退です...。バイトしてたんですよ。どうしても欲しい G があって...。で...買って半年間ぐらいずっと授業中も弾いてて...先生もいい加減頭にきたらしく・・。俺が寝てる間に机の横の G をけっ飛ばして、それでカチンときて暴れて、呼び出された教頭に...「お前は人間のくずだと言われて」また暴れて...。」
・「今でも姉とは英語でしか喋らない」
・「日本のロックは聞くに耐えない。モー娘の方がまだ聞ける」
・「ブラーはカスの音楽。ゴリラズを聞くやつは人生終わり」
・「ジム・モリスンのステージでの自慰行為はいつか真似したい」
・「俺は悪そうな奴とは大体友達なんだぜ」
・「サッカーをやっててヨーロッパにサッカー留学もしていたんだ」
・「街を歩くと女はみんな俺を見ている」
・「歌ってる俺の姿はめちゃくちゃセクシー」
・「童貞って化石以下だよ」
・「ヒデとはあいつが有名になる前から親友だったんだぜ」
・「おれ、大会前からカーンが MVP になること予想してましたよ」
・「オマエらが今付き合ってる女はオレと付き合えないから仕方なくオマエらと付き合ってるんだ。」
・「宇梶さん、エンペラーっすよね~。おれは K 連合の総長だったんすよ~。後輩は渋谷・新宿・世田谷なんかに 5 ~ 600 人はいますね~。今でも街歩いてると見知らぬ不良から挨拶されますよ~。」
・「(尊敬する人は) 親父です。ハートがでかいんですよ。でも俺も言いたいことは言うから、殴り合い寸前になることもある...。そういうときは、庭に出て相撲で決着つけるんですよ。姉貴が行司でね。親父は突っ張りが超強いんですよ」
・「俺を越えてみろ、俺を愛してみろ」
・「反町さんはもっと評価されていい。「ロイヤルミルクティー」の歌詞は、俺にも書けない」
・「日本の音楽はガキのもの」
・「ボブ・サップだかナップサックだか知らないけどマジ勝負なら俺の方が強いって...幼少時代米軍基地で戦ってたから。」
・「052 も SSS もオレの暴走族時代の舎弟だぜ。device だったら LIV の前座にだしてやってもいいかな」
・「オアシスなんて、日本でいえば B'z みたいなもん」
・「世界に同じ人が 2 人存在するが俺はオアシスの生まれ代わりかもしれない・・・・」
・「このアルバムができたとき俺はカートコバーンの生まれ代わりと思ったよ」
・「押尾家は代々サムライの魂を持った家系」
・「俺はアメリカ人。見てくれは日本人だけど、心はアメリカ人っす!」
・「俺のライヴにミュージシャンが見に来たら、マジで引退まで追い込みますよ。死にたくなるほど自信喪失させる。それだけ圧倒的なもん聴かせるつもりだから」
・「12 歳の時アメリカから帰ってきて入学 1 週間目で、いきなりボコボコにされて「生意気だ」って集団でやられて...。もう顔面ボコボコですよ。血だらけになって...泣きながら家に帰ったらオヤジがキレて「お前今すぐやりかえしてこい」ってバット渡して「これで頭ひっぱたいてやれ」って「うそぉ!!」って感じでしたよ。怖かったけど泣きながらやり返しに行った。でもこれがなかったら引きこもりになってましたよ。」
・「ガキの頃車に轢かれたけど、泣かなかった!!」
・「沖縄って原チャリはノーヘルで OK なんでしょ?」

2016年7月25日月曜日

やくみつる氏「ポケモンGOで公園に群がる人達は愚かでしかない。こんなことに打ち興じてる人って、心の底から侮蔑します」

やくみつる氏、ポケモンGO利用者を「心の底から侮蔑します」

2016年7月25日(月)17時12分配信



漫画家、やくみつる氏(57)が25日、コメンテーターとして出演した日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」(月~金曜後1・55)で、話題となっているスマートフォン向け人気ゲーム「ポケモンGO(ゴー)」について否定的な意見を述べた。

番組では同ゲームについて紹介。週末には子供を中心に公園にたくさんの“トレーナー”が集まったり、“ポケモノミクス”なる言葉が出るほど早くもいろいろな方面で影響が出ていることを紹介。

その中でVTRを眉間にしわを寄せながら見ていたやく氏は、「都内で『ポケモンGO禁止』を言う候補者がいたらすぐ投票してます」と、都知事選になぞらえて切り出すと、公園に群がるトレーナーたちには「愚かでしかない。こんなことに打ち興じてる人って、心の底から侮蔑します」とバッサリ。

やく氏は現実にあふれている面白いことに興味を持つべきと主張し、「路端の植え込みだって、その中にいる虫に興味を示せばいいものを、そこを見ながら(スマホを介して)現実的じゃないものを探す…。親はもっと楽しいことを子供に提供する義務がありますよ。一緒になって打ち興じたらアホな子にしか育たないですよ」と、否定的な姿勢を貫いた。

司会のフリーアナウンサー、宮根誠司(53)から「これ、(やく氏が出演しているクイズ番組の)Qさま!!にモンスターの名前出たらどうします?」と振られると、「落第しますね。ピカチュウしか知らない」とコメント。続けて「勉強したら?」との質問には「それは…現実を勉強しますよ」と最後までスタンスは変わらなかった。

参照元 : サンケイスポーツ

<ネットユーザーの反応>
「やくに同意」

「薬に同意するが、楽しんでる人がいるんだから、こころの中で思ってろ、口に出すな」

「好き嫌いとか否定とかは別にどうでもいいけど完全否定する割にはその理由がちょっと浅くないか」

「炎上商法が好きねこの人」

「仮にも漫画家が現実世界を重視しろとかよく言えるな」

「普通に否定するならいいのよ 言い方がカチンとくるような言い方したからなこいつは」

「そう思うのは自由だが、やくが公言して、だからなに?って話 既にいろいろ言われてることと違うことを言いたかったんだろうが」

「ピカチュウ以外もしってそうな口振りはあかんな」

「これってポケモンGOに限ったことじゃないよね ゲームが普及した時もこういう意見がいっぱいあった」

「ハゲ散らかしてたけどいつの間にかふさふさになってたねw」

「ヒドイ奴が現れて、それを契機に 規制強化から利便性が落ちちゃった なんてことが起こらないことを希望」

「まあこんな事言う奴も必要だわなw」

「歩きスマホが道路交通法違反に盛り込まれる日も近いな 糞ポケモンのせいで」

「自分が乗れないから悔しいだけだろw」

「ポケモンゴはクソだと思うけどこいつの考えはまさに老害そのもの」

「まぁ、やくの言うこともわかる けど、二次元カルチャーなんてほとんどがそうだろ 現実に疲れたから逃避してるだけで路傍の虫なんてグロいだけだからや」

「ポケモン世代って20代~30代前半ぐらいか?」

「歩きスマホがまた増えた気がするがコレのせいか気のせいか」

「反感を買うこともあるだろうけど、こういう人がいてもいい」

2016年7月22日金曜日

鳥越俊太郎氏はガン保険会社の宣伝マン!? 週刊文春のスキャンダル報道に「事実無根」告訴を準備

ユダヤの会社アフラック癌保険の宣伝マン 鳥越俊太郎 都知事になったら癌検診を都民に強制する!

SATURDAY, JULY 16, 2016



このプライムニュースのYoutubeビデオ、レプティリアンのシェイプシフトを暴露している私のブログを意識し、低画質240でしか見れない様に工作されている。それだけ、幅広い国民に、爬虫類人達の人間ホログラムの乱れ、そしてシェイプシフトの存在の知識が浸透して来た証拠だろう。

しかし低画質の映像でさえも、違いがハッキリと見て取れる。それは、レプ鳥越俊太郎とレプ増田のシェイプシフトは激しく、皆さんの目にも明らかだ。そして小池氏の映像のみが安定しているのも分かる。

ビデオの出だしの「一体、どんな政策を重要視していくのか?」という質問に対して

ユダヤの癌保険の会社アフラック( American Family Life Assurance Companyというユダヤの会社の名前の略)の「癌手術」の宣伝マンを勤めている鳥越は、

「ハイ、是非、東京都の癌検診の受信率を上げていく政策を実施したいと思います」と述べた。

ここのブログの読者だったら、「癌検診」自体が詐欺であり、嘘の結果を知らされ、そして医者という名の白衣の詐欺師に「癌治療をしなければ、あなたは死にます」などと嘘で脅かされ、ありもしない癌のために治療を強制されるハメになる事をご存知だろう。

都知事選でも鳥越俊太郎は、あくまでもアフラック癌保険の宣伝マンとしての仕事に焦点を当てている。

「日本の癌検診の受信率は欧米に比べて低い。欧米の受信率は最低でも6割に登る」と大嘘を言った。米国での癌検診の受信率なんか、日本より低いのは明らかだ。こちらの人々は、大体にして、あまり病院には行かない。ちょっと具合が悪いと病院に行きまくるのは、日本人の傾向だ。欧米人は、家で静養して、あまり病院には行かない。その証拠に、以前、病院に行いった事が何回かあるが、待合室には人が居ない。

私の家の近くに巨大な医療費計算会社があったが、もう潰れたみたいで、その巨大な建物と駐車場は空っぽ。以前は多くの車が駐車してあり、多くの従業員が居た。病院関係の医療費の請求書などを作成、発送している会社だった。つまり、その会社が潰れたという事は、ますます米国人達は病院には行かなくなったという事。病院での治療や薬が、思ったより効かないと悟った賢い人々が多くなったという事だ。

鳥越みたいな奴が都知事になったら、まずあなたの家に「癌定期健診」の通知が来る様になるだろう。そしてアフラックの癌保険の宣伝通知も一緒に、あなたの郵便箱を賑わす事になるだろう。

「ミスターアフラック」の鳥越が都知事になったら、癌検診は、すべての都民に強制される。

鳥越俊太郎氏「がん検診100%」を最重視政策として発表、都知事候補者の共同記者会見場が騒然

2016/07/13



東京都知事選(14日公示、31日投開票)を前に、7月13日午後2時から日本記者クラブで行われた共同記者会見の場で、前日12日に出馬を表明したジャーナリストの鳥越俊太郎氏が最重要政策(公約)を「がん検診100%達成」と発表したことが話題となっています。

この発表をうけ、ツイッターなどでは「都知事と関係ある?」「厚生労働省の仕事では?」といった声が相次ぎ、鳥越俊太郎氏の考える政策に対しては「何を考えてるのか分からない」といった声も聞かれました。

鳥越氏は民進党から擁立されており、野党4党の枠組みで支援したいとして、鳥越氏への候補者一本化に向け共産党などと調整を急いでいるというが、今日の共同会見以降、「民進党も大丈夫か?」という声が強まっています。

この共同記者会見に出席したのは元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(69)、元防衛相の小池百合子氏(63)、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)、元総務相の増田寛也氏(64)の4人です。

鳥が絵俊太郎氏の最重視政策は「がん検診100%」と発表

東京都知事選への立候補を表明した鳥越俊太郎氏は13日午後2時頃の共同記者会見で、都知事になって最も重視する政策は?という問いに対し「がん検診100%の達成」を掲げ、話題となりました。

フリップボードに書かれた文字も震えてしまっており、会見中の様子も「おかしかった」という声が多く聞かれました。


がん検診は大事だけど…都知事選大丈夫?との声

「がん検診100%は大事だけどちょっと違うんじゃ」といった意見が多くあがっています。中には「鳥越俊太郎だけは無いな」という声もチラホラ聞かれました。




4候補による共同記者会見、ツイッターの反応は


参照元 : 林檎舎ニュース



癌になったと騒いでおきながら、神経毒のアスパルテーム入りのダイエット・カナダドライの缶ジュースを飲む正真正銘の馬鹿



参照元 : 宇宙への旅立ち


百田尚樹「鳥越俊太郎がガン保険会社から5000万円を受け取っていた。だから政策ガン検診100%で保険会社ボロ儲けか」

2016年7月20日

作家の百田尚樹氏が、知事候補の一人が保険会社と不適切な関係にあるとリークした。明らかに鳥越俊太郎氏のことであり、なおかつ情報源は信頼できる筋だという。

驚愕の告発がなされたのは7/20のこと。納得感のある説明だ。



※百田尚樹氏は鳥越俊太郎のこととは書いていないが、「選挙公約ガン検診100%を掲げている人」というのは明らかに鳥越氏なので本記事のタイトルには「鳥越俊太郎が…」と明記した。

鳥越俊太郎氏については以前よりなぜ政策が「がん検診100%」だけなのかと不審がられていた。まるでガン検診を普及させるためだけに都知事になろうとしているという印象さえ受ける。

▼文字が震えていて読みにくいが「がん検診100%」と書かれている。



当初は自分自身の闘病経験からガンの怖さをみんなに知らしめたいという思いでこのような選挙公約を掲げたのかと思われていた。だが、ここにきて保険会社と不適切な関係にある疑惑が浮上。講演会は話すだけということで原価がかからないので、鳥越氏は1回100万円、合計5,000万円の講演料を丸儲けしたものと思われる。

さらにこちらのリークにも注目。週刊 SPA! にて連載を持つ男性「猫組長」が「鳥越俊太郎は週刊誌の暴露記事で終わる」と書いている。

※猫組長というふざけた名前は一応事情があってこうなったという経緯がある。ここには書けないので詳しくは「猫組長」で検索して調べてほしい。






ちなみに猫組長は周囲からの「内容を教えてほしい」という声に対して「(第一弾の)記事は明日まで待て」と語っていた。そして翌日の7/20になって本当に文春が鳥越氏の女性関係を記事にしたことが分かった。ただし、猫組長によると、鳥越氏に不都合な記事はまだまだ出るのだという。




次は文春の第2弾と新潮の記事が同時に公開されるとのこと。やはりガン保険といえばアフラックか。netgeek編集部で調査したところ、鳥越氏はアフラック主催の講演会に度々出席し、さらにアフラックのサイトにインタビュー記事「がんの体験談 「生きる」ストーリー 鳥越俊太郎さん」まで掲載していることが分かった。

▼講演会。



これで講演会に出席していたことは間違いない。金銭のやりとりについての詳しい内容は近いうちに週刊誌に掲載されるだろう。鳥越俊太郎氏がなぜ不自然なまでにがん検診100%にこだわったのか。点と点が今、線で繋がり始めた。

参照元 : netgeek


【衝撃】鳥越俊太郎の女子大生淫行疑惑と報道 / 男性経験ない女子に強引キス → 女子は自殺を考える精神状態とのこと

2016.07.20



ジャーナリストであり、東京都知事選に出馬した事でも注目を集めている鳥越俊太郎氏(76歳)に関する、とんでもないスキャンダル情報が入ってきた。なんと、女子大生に対する淫行疑惑記事が、最新の「週刊文春」(2016年7月21日発売号)に掲載されるというのだ。

・事実ならば驚きの事実
鳥越俊太郎氏といえば、優しい表情と天然系の性格で話題を集める人物だが、そんな人物に女子大生に対する淫行疑惑が浮上するとは驚きである。事実ならばとんでもない犯罪行為である。以下は、この情報を伝えてくれたマスコミ関係者の声である。

・マスコミ関係者の声
「はい、確かに鳥越さんの淫行疑惑の記事が週刊文春に掲載されるはずです。鳥越さんは当時大学2年生だった女子を富士の別荘に連れ込み、「何もしないから」と言いつつ、あの唇で強引にキスをしたというのです。さらにエスカレートして行為をしようとしたらしいのですが、女子は徹底的に抵抗して、キス以外は未遂に終わったそうですよ。そのあともホテルに誘われたりしたらしく、まったくとんでもないオヤジです。絶対に許せない行為です。文春はよくやってくれました!」

・傷はいまだに癒えていない
この情報は、女子大生がのちに結婚した夫が、週刊文春にタレコミした情報とのこと。鳥越俊太郎氏が東京都知事選に出馬することが判明し、いままで抑えていた怒りのボルテージがMAXに到達したらしい。いまでも女子は自殺をほのめかす言葉を口にするらしく、鳥越俊太郎氏から受けた傷はいまだに癒えていないようだ。

【続報】
鳥越俊太郎事務所が週刊文春編集部に抗議文を送付



参照元 : buzz plus news



■週刊文春 7月28日号
鳥越俊太郎都知事候補「女子大生淫行」疑惑 被害女性の夫が怒りの告白!

「君の誕生日パーティーをしよう」。キスの経験もない20歳の大学生を富士山麓の別荘に誘い込んだ鳥越氏は二人きりになると豹変したという。都知事候補の資質を問う。

より抜粋

東京の父と思いなさい

だが学生たちにとっては、テレビで活躍する鳥越氏は憧れの存在だった。特にマスコミ志望の学生などは鳥越さんを慕っていたし、鳥越さんもよく学生たちの相談にのっていたようです。一方で学生たちの間では、『鳥越さんは露骨にかわいい女の子にばかり声をかけている』という評判もあった。

地方出身の女子学生に、鳥越さんが『東京の父と思いなさい』と声をかけているのを聞いた人もいます」(前出・大学関係者)

ときには、鳥越氏の自宅や別荘に女子学生たちを集めてホームパーティーや誕生日パーティーを開くこともあった。

ところがーー。

「ある日、鳥越さんは、とりわけ気に入っていた女子学生を別荘に連れ込んで、強引にみだらな行為を行ったんです。これが原因で、鳥越さんは大学を出入り禁止になったんです」

この証言をもとに、取材を重ねた小誌取材班が掴んだ事件の“全貌”は、以下のようなものだった。

「別荘で君の誕生日パーティーをしよう」

当時大学二年生だった女子学生A子さんがそう声をかけられたのは、二〇〇二年夏のこと。それまでも何度か鳥越氏の自宅や別荘を訪れたこともあったA子さんに、鳥越氏は冗談めかして「何もしないから」とも言っていたという。

「マスコミ志望で、上京してきたA子さんにとって鳥越氏は憧れの存在でもあった。信じていたんだと思います」(別の大学関係者)

鳥越氏の車で向かったのは、富士山麓にある鳥越氏が父から譲り受けた別荘だった。別荘に着き、お酒で乾杯した頃から、恋愛の相談と称して鳥越氏は“本性”を表し始めたという。

「二十歳にもなって、そんなに性のことを知らないのか」

普段はほとんどお酒も飲まなかったというA子さんは、鳥越氏の豹変ぶりに戸惑ったことだろう。鳥越氏は強引にキスをすると、抵抗するA子さんにさらに迫り、こう言い放ったという。

「大人の恋愛というのはこういうものだよ」

結局、行為は未遂に終わったが、「バージンだと病気だと思われるよ」と言ったばかりか翌日、東京へ戻る車中で鳥越氏はA子さんに「ラブホテルに行こう」と誘ったという。A子さんが心に深い傷を負ったことは想像に難くない。

「A子さんは“死にたい”と口にするようになり、当時の恋人に、別荘で起きたことをすべて話した。それから鳥越氏が大学に来ることはなくなったそうです」(前出・大学関係者)

小誌取材班は、この“当時の恋人”に接触することができた。この人物こそが前述した永井氏なのである。

小誌が取材した山荘での出来事は事実かと尋ねると、永井氏は「その通りです」とこれを認めた。

「A子が泣きながらあの話をしたときは、怒りで目の前が真っ暗になりました。鳥越はA子に『これを公表されたら自殺する』とメールを送って、口止めをしていました。それで私から連絡をとり、三人で会う場を設けたのです」

鳥越氏側が週刊文春告訴を準備、記事は「事実無根」

2016年7月21日02:58



21日発売の週刊誌が東京都知事選に立候補している鳥越俊太郎氏の女性を巡る記事を掲載したことについて、鳥越氏側が「選挙妨害だ」として刑事告訴する準備を進めていることが分かりました。

鳥越氏の選挙事務所は、21日発売の週刊文春が報じた鳥越氏の女性に関する記事を巡って、週刊文春編集部に抗議文を送ったことを明らかにしました。

抗議文では、「『疑惑』と称する案件については『事実無根』と回答した」とした上で、「『疑惑』が真実であるかのような印象を与えるものとなっている」と指摘し、「明確な選挙妨害だ」として、21日にも刑事告訴する準備を進めているとしています。

鳥越氏は20日、この記事について報道陣に聞かれましたが、何もコメントしませんでした。週刊文春編集部は「記事には十分、自信を持っている」としています。

参照元 : TBSニュース












鳥越俊太郎事務所 文春を刑事告訴へ

2016年07月20日 19:52

鳥越俊太郎都知事候補を誹謗する週刊文春の記事に対して、鳥越俊太郎さんの弁護団が別紙の抗議文書を週刊文春に送付し、東京地検への選挙妨害および名誉棄損罪での刑事告訴の準備に入った。

なお、この件に対しての問合わせなどは、弁護団が一元的に対応することとしている。

以下が抗議文。

「疑惑」で記事にしてしまうのであれば、選挙妨害としか思えない。

※抗議文は民進党議員へ送られてきたもの



抗議文

週刊文春編集部 御中

東京都知事候補である鳥越俊太郎について、明日発売の週刊文春が、『疑惑』と見出しを打った記事を掲載することがわかった。

記事にある『疑惑』と称する案件については、事前にFAXによる取材があり、本人に確認の上、弁護団から事実無根であると文書で明確に否定する回答をするとともに、無責任に記事化すれば選挙妨害になると強く警告した。しかしながら、記事は、一方的な証言だけに基づき、『疑惑』がいかにも真実であるかのごとき印象を与えるものとなっている。

記事は、『疑惑』が事実であるとは断定せず、一方的な証言と思わせぶりな記述だけで、あたかも『疑惑』が真実であるかのような印象を与えるものとなっている。こうした手法で有権者に事実と異なる印象を与えようとする行為は、明確な選挙妨害であり、公職選挙法148条1項但書によって禁止される「虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害」する行為に他ならず、同法235条の2に規定する罰則の対象にもなりうる行為である。また、刑法230条1項の名誉棄損罪を構成する。

弁護団は、週刊文春に対し、強く抗議する。また、明日にも東京地検に刑事告訴すべく準備を進めていることを申し添える。

なお、本件に対する問い合わせなどの一切は、弁護団が対応する。くれぐれも、鳥越本人の選挙運動に対し、これ以上の妨害とならないよう、求める。

2016年7月20日
弁護士 弘中 惇一郎
弁護士 藤田 謹 也

参照元 : 武蔵野市議 川名ゆうじ blog


都知事選立候補の鳥越氏 週刊誌を刑事告訴

2016年7月21日 13時03分



東京都知事選挙に立候補しているジャーナリストの鳥越俊太郎氏は21日に発売された週刊誌に掲載された記事について「事実無根だ」などとして週刊誌側に抗議文を送るとともに、21日、公職選挙法違反などの疑いで刑事告訴しました。

鳥越氏は、21日午前中民進党の会合に出席し、21日に発売された週刊文春に掲載された、過去に女性との関係で疑惑があるとする記事について「一切、事実無根であり、心ない誹謗中傷だ。弁護士が法的手段に訴えるべく行動に出ている」と述べました。

鳥越氏の弁護団は20日、週刊文春側に抗議文を送るとともに、21日、公職選挙法違反などの疑いで東京地方検察庁に刑事告訴しました。

弁護団が公表した抗議文は「記事は、一方的な証言だけに基づき、『疑惑』がいかにも真実であるかのごとき印象を与えるものとなっている」としたうえで「こうした手法で有権者に事実と異なる印象を与えようとする行為は明確な選挙妨害であり公職選挙法で禁止される行為にほかならない。また刑法の名誉毀損罪を構成する」などとしています。 これについて週刊文春編集部は「記事には十分、自信を持っている」とコメントしています。

参照元 : NHKニュース



「テレビ引退」を約束した鳥越氏

「実は当時、この話を『週刊新潮』が取材していたんです。それで記者が校門のところで学生たちに片っ端から、声をかけたため、A子が望まない形で話が広まってしまった。彼が言う“大騒ぎ”とはそのことを指しているのですが、一方で鳥越は、周囲には『彼女は頭がおかしい。妄想癖がある』などと言いふらしていたそうです」

その鳥越氏はこの席で、A子さんにこう言った。

「だから、そういうことを周りに話すと不幸になると言っただろ」

永井氏が「何言ってるんですか!」と声を荒らげると、鳥越氏はこう言い出した。

「もうテレビからは引退する。この先、余生もあまり長くないから」

当時、鳥越氏は『親父の出番』という本を出したばかりだったが、その中に次のような一節がある。

〈最近の女の子は発育がよいですから、ナマ足に短いスカートをはいていたりすると、もうほとんどが犯罪を誘発しているようなものです〉

自らの行為は棚にあげて、著書ではロリコン批判を展開する鳥越氏を永井氏が『よくこんなこと書けますね!』と責めると、笑いながらこう言い放った。

「だって、書いてるときは、こんなことになるとは思わないじゃない」

印象的だったのは、鳥越氏の靴下だったという。

「短めの靴下がズリ落ちているのが、やけに目について『だらしない人だなあ』と。

それから自分の都合の悪い話になると、しきりに耳を押さえて、首を傾けて、聞こえにくいというフリをするんです」(永井氏)

それでも最後には「反省している。これ以上、(テレビで)やっても、いいことないし」という鳥越氏の言葉を信じて、一時間ほどの話し合いを終えた。永井氏はその時のやりとりを克明に記憶している。

鳥越氏は告白をどう受け止めるのか

小誌が鳥越氏に対面取材を申し込むと、次のような回答書が返ってきた。

〈数名の学生たちが鳥越の自宅や別荘を訪れて懇親の機会を持ったこと、および、その後、A氏ならびにB氏(=永井氏・編集部注)と会ったことはあります。しかし、鳥越がA氏に対し身体の関係を迫った等の事実は一切ありません〉

小誌は、鳥越氏に次のような質問もしている。
・鳥越氏の別荘に一泊した翌日、帰り道でA子さんをラブホテルに誘ったのか。
・A子さんに「話したら自殺する」というメールを送ったのか。
・A子さんとの関係の噂が広まると、「彼女は頭がおかしい」などと周囲に話したのか。
・永井さん、A子さんに対して「テレビから引退する」と告げたのか。
 このいずれについても、鳥越氏側は〈事実無根〉と回答した。

▼2014年7月22日に元女子大生の旦那が鳥越に送ったメール




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都知事選に立候補している小池百合子氏に「あすの朝7時52分、俺は散弾銃で小池百合子を殺す」とツイッターに投稿した男逮捕

小池百合子氏に殺害予告「散弾銃で殺す」男逮捕

2016/07/21 11:51



都知事選に立候補している小池百合子氏にインターネット上で殺害予告をして脅迫したとして、愛知県に住む40代の男が逮捕されました。

愛知県の40代の男は、19日午後11時半ごろ、ツイッターに「あすの朝7時52分、俺は散弾銃で小池百合子を殺す」などと書き込んで脅した疑いが持たれています。

警視庁の調べに対し、男は「ツイッターに書き込んだことに間違いない」と容疑を認めています。小池百合子事務所は20日、警視庁に被害届を出していました。警視庁は公職選挙法の自由妨害についての立件も視野に捜査を進めています。

参照元 : テレ朝ニュース









▼問題の脅迫ツイート




2016年7月20日水曜日

【訃報】癌で闘病していたタレントの大橋巨泉さん(82)が急性呼吸不全のため死去

巨泉さん逝く 82歳 長期間にわたりがん闘病

2016/07/20 10:06



テレビ番組の司会者などで活躍し、長期間にわたってがんの闘病生活を続けていたタレントの大橋巨泉さんが亡くなりました。82歳でした。

巨泉さんの弟によりますと、巨泉さんは今月12日の午後9時29分、千葉県内の病院で急性呼吸不全のため亡くなったということです。巨泉さんは1960年代から1980年代にかけてテレビ番組の司会者などで活躍し、その後もテレビだけではなく、雑誌でコラムを担当するなど幅広い活動をしていました。

巨泉さんは2005年に胃がんを患ってから、中咽頭(ちゅういんとう)がんや肺がんなど6度のがんを発症し、長期にわたって闘病生活を続けていました。最近では今年2月にテレビ朝日の「徹子の部屋」で、今月7日に亡くなった永六輔さんとそろって出演していました。

参照元 : テレ朝ニュース




タレントの大橋巨泉さん死去 82歳 がんで闘病

2016.7.20 09:25



「11PM」などの人気番組の司会者として活躍し、がんで闘病していたタレント、大橋巨泉(おおはし・きょせん、本名・克巳=かつみ)さんが12日午後9時29分、急性呼吸不全のため死去していたことが20日、分かった。82歳だった。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は妻、寿々子(すずこ)さん。後日、「しのぶ会」を開く予定。

東京都出身。早稲田大学在学中から、当時、ブームだったモダンジャズ・コンサートの司会者として活躍。大学時代は俳人としても活動し、芸名は当時の俳号から取った。

大学中退後、ジャズ評論家や放送作家を経て、テレビ司会者に転身。「巨泉・前武のゲバゲバ90分!」「11PM」「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」などの司会を務め、軽妙な弁舌で人気を集めた。「はっぱふみふみ」などの流行語も生んだ。

「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズは有名で、愛川欽也さん、長門裕之さんなど同じ昭和9年生まれの芸能人らと「昭和9年会」を結成。馬主でもあり、競馬評論でも知られた。

マルチタレントとして活躍したが、平成2年に「セミリタイアする」と宣言し、テレビ、ラジオのすべてのレギュラー番組を降板。カナダなどで土産物チェーンを経営する事業家に転じ、その後はオーストラリア、カナダなどと日本を行き来して過ごす生活を送った。

13年の参院選に民主党(当時)から比例代表候補として立候補し、当選。しかし、党と意見の違いからわずか半年で辞職した。

17年に胃がんを患って以降、がんの手術を繰り返し、闘病生活を送っていた。今年4月に入院し、5月下旬からは集中治療室で治療を続けていた。

「巨泉 人生の選択」「がん-大橋巨泉の場合」「どうせ生きるなら」など著書多数。

参照元 : 産経新聞


大橋巨泉の遺言「安倍晋三に一泡吹かせて下さい」がテレビの追悼特集でことごとくカットに! その政権批判を改めて聞け

2016.07.21



以前より体調の悪化を心配されていたタレント・司会者の大橋巨泉氏が、今月12日に急性呼吸不全で亡くなっていたことが明らかになった。82歳だった。

本サイトでも以前、紹介したように、巨泉氏は「週刊現代」(講談社)7月9日号掲載の連載コラム「今週の遺言」最終回で、すでに病が身体を蝕んでいることを綴っていた。だが、それでも巨泉氏は〈このままでは死んでも死にきれない〉と綴り、直後に迫った参院選について、読者にメッセージを送っていた。

〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉

まさに、このメッセージが巨泉氏にとってほんとうに最後の遺言となってしまったわけだが、しかし、ワイドショーやニュース番組はこの巨泉氏の遺言をことごとく無視。ベテラン司会者としての仕事を紹介するに留め、『報道ステーション』(テレビ朝日)でさえ最後のコラムの〈今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずなことが連日報道されている〉という部分までしか紹介しなかった。安倍首相について言及した部分まで報じたのは、『NEWS23』(TBS)だけだ。

たしかに、『11PM』(日本テレビ)や『クイズダービー』(TBS)、『世界まるごとHOWマッチ』(MBS)といった人気番組の司会を数々こなし、一方でお茶の間ロックやアングラ演劇などのサブカルチャーをテレビにもち込んだり、クイズバラエティを定着させたりといった巨泉氏の功績が大きいのは言うまでもないが、最後の遺言にも顕著なように、巨泉氏は自民党の強権性にNOの姿勢を貫きつづけた人であった。テレビはそこから目を逸らしたのだ。

巨泉氏といえば、民主党議員だった2001年に、アメリカの同時多発テロを非難し「アメリカを支持する」との国会決議に民主党でたった1人反対、戦争へ向かおうとする姿勢を断固拒否したエピソードが有名だが、すでにセミリタイア状態だった巨泉氏が政界へ進出しようとしたのは、そもそも当時人気絶頂だった小泉純一郎首相の進めようとする国づくりに対する危機感があった。

周知の通り、小泉首相は新自由主義的な政策を押し進め、この国は弱い者にとって非常に生きづらい国になってしまった。巨泉氏は「週刊現代」の連載コラムで小泉政権がつくったこの国の在り方をこう批判している。

〈冷戦終了以降、アメリカ型の新自由主義経済がわがもの顔の現在、それに歯止めをかける思想や組織の存在は必須なのである。でないと「負け組」や「新貧困層」が拡大し、その中からテロリズムが増殖するのである。(中略)小泉やハワードが目指しているのは、「強者の論理」でくくる社会。自由主義経済なればこそ、弱者のための政党や組合は必要なのだ。何万人とリストラする大企業に対し、個人でどう戦うのかね!?〉(「週刊現代」05年12月10日号より)

周知の通り、その後、巨泉氏は議員を辞職し、再びセミリタイア状態に戻る。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドを転々とする悠々自適な生活を送るのだが、第二次安倍政権の時代に入ると再び社会的なメッセージを発信するようになっていく。それは、安倍首相は経済を最優先にすると口当たりのいいことを言っているが、その本音は憲法を変えて国民から権利を奪い、日本を再び戦争ができる国へと戻そうとしていることを見抜いていたからだ。

〈彼にとって「経済」はムードを煽る道具に過ぎず、本当の狙いは別のところにあるからだ。

(中略)

安倍は先日、「国づくり」に関する有識者会議で、「ふるさと」や「愛国心」について熱弁をふるった。曰く、「日本人は生れ育った地を愛し、公共の精神や道徳心を養って来た。ふるさとをどう守ってゆくかを考えて欲しい」。見事なウソツキと言う他ない。

(中略)

「公共の精神や道徳心」を強調することで、現憲法が保障してくれている、「個人の権利(人権)」に制限を加えたくて仕方がないのだ。それでなくても「知らしむべからず」なのに、もっと制限を加えて、政権の思う通りにあやつれる国民にしたいのである。そのためには現在の憲法が邪魔なので、これを改正するために、まず人気を取り、その勢いで改正してしまおうという訳だ。

(中略)

そもそも憲法とは、国民が守るの変えるのという法律ではない。国家権力(時の政府)の公使を制限するためにあるものだ。軍部が暴走して、数百万人の国民の命を奪った戦前戦中のレジームへのタガとして現憲法は存在する。それを変えて戦前への回帰を計る現レジームは、禁じ手さえ使おうとしている。止めようよ、みんな〉(「週刊現代」13年5月4日号より)

巨泉氏はさらにこのようにも語っている。

〈ボクの危惧は、4月にウォール・ストリート・ジャーナルに、麻生太郎副総理が述べた言葉によって、裏うちされている。麻生は「参院選で安倍政権が信任された時、首相の関心はおそらく経済から教育改革と憲法改正に向うだろう」と言っていた。要するにボクの持論通りなのだ。“経済”とか“景気”とかいうものは、あくまで人気(支持率)を高めるための道具であり、本当の目的は教育と憲法を変えて、「強い日本」をつくる事なのである。この鎧を衣の下に隠した、安倍晋三は恐ろしい男なのだ〉(「週刊現代」13年6月22日号)

しかし、巨泉氏の警告も虚しく、「アベノミクス」を釣り餌に圧倒的な議席数を獲得した安倍政権は横暴な国会運営を開始。周知の通り、昨年はまともな議論に応じず、国民の理解を得られぬまま安保法制を強行採決させてしまった。

そんな状況下、巨泉氏は「週刊朝日」(朝日新聞出版)15年9月18日号で、自身の戦争体験を語っている。1934年生まれの彼が実際にその目で見た戦争は、人々が人間の命をなにものにも思わなくなる恐ろしいものだった。それは安倍政権や、彼らを支持する者たちが目を向けていない、戦争の真の姿である。

〈何故戦争がいけないか。戦争が始まると、すべての優先順位は無視され、戦争に勝つことが優先される。昔から「人ひとり殺せば犯罪だけど、戦争で何人も殺せば英雄になる」と言われてきた。

特に日本国は危ない。民主主義、個人主義の発達した欧米では、戦争になっても生命の大事さは重視される。捕虜になって生きて帰ると英雄と言われる。日本では、捕虜になるくらいなら、自決しろと教わった。いったん戦争になったら、日本では一般の人は、人間として扱われなくなる。

それなのに安倍政権は、この国を戦争のできる国にしようとしている。

(中略)

ボクらの世代は、辛うじて終戦で助かったが、実は当時の政治家や軍部は、ボクら少年や、母や姉らの女性たちまで動員しようとしていた。11、12歳のボクらは実際に竹槍(たけやり)の訓練をさせられた。校庭にわら人形を立て、その胸に向かって竹槍(単に竹の先を斜めに切ったもの)で刺すのである。なかなかうまく行かないが、たまにうまく刺さって「ドヤ顔」をしていると、教官に怒鳴られた。「バカモン、刺したらすぐ引き抜かないと、肉がしまって抜けなくなるぞ!」

どっちがバカモンだろう。上陸してくる米軍は、近代兵器で武装している。竹槍が届く前に、射殺されている。これは「狂気」どころか「バカ」であろう。それでもこの愚行を本気で考え、本土決戦に備えていた政治家や軍人がいたのである。彼らの根底にあったのは、「生命の軽視」であったはずである〉

しかし、立憲主義を揺るがすような国会運営をし、メディアに圧力をかけて「報道の自由度ランキング」が72位にまで下がるほどの暗澹たる状態に成り果てたのにも関わらず、先の参院選では改憲勢力が3分の2を超えれば遂に憲法改正に手がかかるという状況になった。

そんななか、巨泉氏の体調は悪化。3月半ばごろから体力の落ち込みがひどく、4月には意識不明の状態に陥り2週間ほど意識が戻らなくなったことで、5月からは集中治療室に入っていた。そして、前述した「週刊現代」の連載も、4月9日号を最後に休載となっていたのだが、家族の助けを受けて何とか書き上げたのが、7月9月号掲載の最終回。ここで巨泉氏は本稿冒頭で挙げた〈安倍晋三に一泡吹かせて下さい〉という「最後のお願い」を読者に投げかけたのだ。

だが、残念なことに改憲勢力が3分の2を越え、現在政権は選挙中に争点隠しをつづけていたのが嘘のように、したたかに憲法改正への動きを進めようとしている。最後の最後まで、平和を希求するメッセージを投げかけつづけた巨泉氏の思いを無駄にしないためにも、我々は政権の悪辣なやり方に断固としてNOを突きつけつづけなくてはならない。

〈「戦争とは、爺さんが始めておっさんが命令し、若者たちが死んでゆくもの」。これは大林素子さんの力作「MOTHER 特攻の母 鳥濱トメ物語」の中で、特攻隊長が、出撃してゆく隊員に、「戦争とは何か」を告げるセリフであった。

現在にたとえれば、「爺さん」は、尖閣諸島の国有化のタネをまいた石原慎太郎維新の会共同代表だろう。「おっさん」は当然、“国防軍”を平気で口にする安倍晋三首相である。彼らはおそらく死なない筈だ。扇動したり、命令したりするだけで、自分達は安全なところに居る。前の戦争の時もそうだった。そして実際に死んでゆくのは、罪もない若者なのだ。それを知っていたからこそ、9条改正に6割以上の若者が反対しているのである。おそらく前の戦争のことは、学校で教わったに違いない。安倍政権は、この“教育”さえも改悪しようとしている。怖ろしい企みである〉(「週刊現代」13年5月11日・18日合併号より)

(新田 樹)

参照元 : LITERA


安倍政権を痛烈批判していた大橋巨泉さん。まさか!・・・










2016年7月13日水曜日

C-C-B元メンバー田口智治被告(55)に実刑判決 横浜地裁「執行猶予中であるにもかかわらず、薬物を使用していて、親和性、依存性は高い」

C-C-B元メンバーに実刑判決 執行猶予中に覚醒剤

2016/07/11 17:39



人気ロックバンド「C-C-B」の元メンバーに実刑判決です。

田口智治被告(55)は3月から4月の間に、東京都内の自宅などで覚醒剤を使用した罪に問われました。田口被告は去年、覚醒剤を使用した罪などで有罪判決を受け、逮捕当時、執行猶予中でした。

横浜地裁は11日の判決で「執行猶予中であるにもかかわらず、薬物を使用していて、親和性、依存性は高い」と指摘しました。

一方で、田口被告に更生する意思がみられることなどから懲役1年6カ月の実刑とし、このうち4カ月について執行を2年間、猶予する判決を言い渡しました。

参照元 : テレ朝ニュース












【訃報】「上を向いて歩こう」をはじめ多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔さん(83)が死去

永六輔さん死去…放送作家・作詞など多方面活躍

2016年7月11日(月)13時37分配信



草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが死去したことが11日分かった。

83歳だった。

東京・浅草出身。10代の頃のNHKラジオへの投稿がきっかけで放送作家の道へ進む。ラジオや草創期のテレビ番組に携わり、1961年から66年まで放送されたNHK「夢であいましょう」などの人気番組の脚本を書くかたわら、自らも番組に出演し、独特の早口なしゃべりで人気者になった。

作詞家としては、中村八大さんが作曲し、水原弘さんが歌った「黒い花びら」が59年に第1回日本レコード大賞を受賞。以後も中村さんとのコンビで「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」などの国民的ヒット曲を送り出した。

参照元 : 読売新聞


永さん死去に黒柳さん「楽しく過ごした60年でした」

2016/07/11 17:13



永六輔さん(83)が亡くなったことを受けて、11日午後に黒柳徹子さん(82)が記者会見をしました。 黒柳徹子さん:「60年前に会いました。

『午後のおしゃべり』とか『夢であいましょう』を永さんがお書きになっているのに私が出ることになって、それから60年ずっとお友達でしたけど、1回もけんかしたことはなかったし、本当にいつもずっとその間、仲の良い友達で面白いことがあると話し合ったり、永さんのラジオに出させて頂いたり、楽しく過ごした60年でした」

参照元 : テレ朝ニュース




永六輔が自民の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と痛烈批判していた!“総理が改憲と言い出すのは憲法違反”とも

2016.07.12



永六輔氏が、先週の7月7日に逝去していたことが、きのう明らかになった。永といえば「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「こんにちは赤ちゃん」の作詞など、戦後を代表するタレント、作詞家だが、戦争そして憲法について繰り返し語ってきたことでも知られる。

周知の通り、先日行われた参院選の結果、改憲勢力が3分の2議席を獲得した。それを受けて安倍首相は改憲について「今回の選挙の争点は改憲ではない」「今後、与野党で議論しながら慎重に進めていく」と語っているが、昨年の安保法制の時の国会運営を思い出してもわかる通り、議論すらまともに行わないまま数の暴力で強行に進めていくとみて間違いないだろう。

権力者によって憲法が蹂躙されようとしているいまだからこそ、あらためて永氏の憲法そして反戦への思いをあらためて振り返りたい。

「本来、一般市民は憲法なんて気にしなくてもいい、それが平和な世の中というものですよ。市民が『改憲ハンタ〜イ』なんてデモするのは、けっして平和な状況ではない。憲法はあくまで国の舵取りをする政治家や役人、つまり為政者を縛るための法律なんであって、国民は憲法に縁がなくても、幸せならそれでいいんですよ」(「現代」06年6月号/講談社)

市民が「改憲反対」なんてデモをしなくてはいけないような状況になること自体が、すでに異常事態である、と。まさに現在の状況を予見するような重要な指摘を、永は10年も前に語っていたのである。

憲法は為政者を縛るためのもの。昨年夏の安保法強行採決や今回の騙し討ち選挙によって破壊された立憲主義について、永はさらにこんな指摘もしている。それは、「9条を守る」ことは「99条を守ることだ」というものだ。

「憲法議論でいうとね。第9条ばかりに目がいきがちだけど、条文の最後のほうの第99条には、憲法をまとめるように、『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』とあるんですよ。この大事な99条にまで議論が及ばない」(「現代」05年8月号)

しかし、現在自民党が出している改憲草案では、この条文に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という文章が加えられ、本来為政者を縛るためにあるはずの憲法が国民を縛るものに変わっている。これは「憲法」の根幹を揺るがすような変化なのだが、選挙前にこの事実を伝えるマスコミはほとんどなかった。

「(99条は)憲法を変えてはいけないという条文です。天皇陛下といえども変えられない。それなのに国会議員が変えると言い出すのはおかしいでしょう」
「国民に義務を課すなんてちゃんちゃらおかしいですよ。憲法は国民を守るためのルール。それなのに99条を変えると言い出すなんて、政治家が憲法を勉強してこなかった証しです」(毎日新聞13年5月23日付夕刊)

自民党の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と批判。そもそも総理大臣や国会議員が憲法を変えると言い出すこと自体、憲法違反だとまで語っているのだ。

ただ、永氏は憲法を改正すること自体に反対とは言っていない。しかし、それは、日本を確実に戦争ができる国に変え、国民を縛る監視国家にしようとする自民党の考える改正とはまったく違う発想のものである。

「ぼくが前から言っているのは、9条だけを日本国憲法にすべきだということ。ほかは全部、他の法律に入れちゃえばいい」(『この国が好き』所収の鼎談より/文・鎌田實、絵・木内達朗、マガジンハウス)

永氏の考える日本国憲法は、たった一行だけ。「二度と飢えた子供の顔は見たくない」。これだけである。

「僕は憲法はこれでいいと思うんです。条文を書き連ねるんじゃなくて、この言葉の中に全部盛り込まれていると思う。戦争の問題、貧困の問題、教育・福祉の問題。僕は戦争が終わって、最初に選挙する時、興奮したし感動もしました。その感情がいまは無くなってしまった。だからもう一度元に戻して、『二度と飢えた子供の顔は見たくない』という、たった一行、世界でいちばん短い憲法にしたらどうかと思うんです」(「創」13年9・10月号/創出版)

永氏が「二度と飢えた子供の顔は見たくない」という一行を生み出した理由。それはもちろん、1933年生まれの彼自身が戦争を体験した世代だからだ。

永氏はこれまで、事あるごとに自分の戦争体験を語ってきた。それは、「中年御三家」の盟友であった小沢昭一や野坂昭如と変わらないし、他の戦争を体験した人々とも同様である。ただ、その戦争体験の「伝え方」に関し、永氏には反省があるようだ。

戦争を体験した世代の人々が先の戦争を語る際、強調されるのは当然のことながら家族や友人の死など、悲惨な出来事ばかりである。ただ、幸運にも戦争中そのような悲しい憂き目にはあわなかった人もいるし、また、終戦時にはまだまだ子どもで戦争の実態がいまいち分かっていなかったという世代もいる。

終戦時、国民学校の6年生だった永氏は、戦争体験について聞かれた際、「僕は戦争が面白かった」と答えている。東京大空襲の時も疎開先の長野から真っ赤に見えた東京の空を見て、「まるで夕焼けみたいに綺麗だった」とも感想を述べた。戦争体験としてはあまりに異質な感想だが、それが、終戦時12歳だった子どもの“実体験からの感想”だったのだ。

「子どもからすれば、自分の家さえ燃えなければ、火事というのは面白い。空襲もそんなものにすぎなかった。親子関係だって、別れていくのが当たり前。毎日、近所のお兄さんが出征していき、かわりに遺骨が帰ってくる。『だれそれが亡くなった、こんどは誰ん家が焼けた』、とそれが日常でした。僕がもう少し大人だったのなら、戦争のすさまじさが分かったのだと思います。三つ年上の野坂昭如さんは、軍需工場で働いているから、戦火を逃げ回った経験をお持ちです。小沢昭一さんは、飛行機に乗って突っ込んでいく準備をしているわけです。でも僕は子供だったからそんな経験もない。だから戦争は面白かった。(略)大人になってから気が付きました。『戦争が面白い』そんな風に思っている子供がいたなんて、そんな子供時代をすごしていたなんて、なんと怖いことだろうと」(「小説宝石」05年8月号/光文社)

戦争がどれだけたくさんの悲しみを生み、そして自分の命すら脅かしてしまうものなのかを理解できぬまま軍国教育を受け続けると、このような感想を抱く子どもが生まれてしまう。永氏は実体験からその恐ろしさを伝えようとしているのである。

戦後の平和な時代になり、このような率直な感想を語る人は少ないが、これもまた、戦争の恐ろしさを十二分に伝える逸話である。だからこそ、戦争を体験した世代は、自分たちが本当に感じた「戦争」を後の世代に語り継いでいかなくてはならなかった。永氏はそのように感じていたようだ。

「体験といっても、ぼくらのような学童疎開した世代と、実際に戦争に行った人では『戦争』の意味が違うし、同じ昭和ひとケタでも、小沢昭一さんと野坂昭如さんと、そしてぼくの『戦中』『戦後』はまったく違う。(略)疎開世代でいえば、小沢さんも野坂さんも、ぼくもそれぞれ違う。それを「昭和ひとケタ」でくくってしまうところが釈然としないだけで。戦争体験といっても、ほんとに撃ったり、撃たれたり、戦地での経験を持っている人と、戦地へ行く手前の少年兵だった小沢昭一さんたちと、動員されて軍需工場で働いていた野坂昭如さんと、ぼくらみたいに、ただ疎開したというのが一緒になっているから、話はズレます」(前出「現代」05年8月号)

小沢昭一氏は2012年に亡くなり、野坂昭如氏も昨年12月に亡くなってしまった。「中年御三家」最後の一人だった永六輔氏も、もうこの世にはいない。戦争体験を語り継いでくれる人も年々減り続け、現在の日本は「戦争の本当の恐ろしさ」を理解している世代が次々と鬼籍に入りつつある。

日本国内から「戦争」への忌避感が急速に失われつつある。そして、70年ものあいだ、日本を戦争から守ってきた憲法が破壊されようとしている。いまいちど、永六輔氏の残してくれた言葉を肝に銘じておきたい。

(新田 樹)

参照元 : LITERA


何故か、安倍政権を批判する芸能人が次々と逝ってしまう。不思議だ・・・

永六輔さん、お悔やみ申し上げます。合掌!